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人工知能の分野では,フレーム問題や記号接地問題といった問題が基本問題として長らく議論されてきました。今回紹介する論文では、記号接地問題に代わる記号創発問題を提案しています。
記号接地問題は、「私たちが日常使う記号表現をいかに機械に理解させるか?」という視点での問題設定でした。しかしこうした視点には、私たちが用いる記号表現こそが絶対的なものだ、という含意があります。本論文の中で、著者は機械に人間の記号表現を理解させるようなシステムではなく、機械が環境と相互作用する中で自ら記号表現をつくりあげていくようなシステムを構築することの重要性を指摘しています。
そして、人間が環境と相互作用しながら記号表現を学び使っていく上で、身体が重要な役割を果たすという身体性認知科学の成果を引用しつつ、同じように身体を備え環境と相互作用する中で記号系を作り出していくような記号創発システムを持つ記号創発ロボティクスという研究領域を提示しています。
本サイトで扱うような「人工知能と創造性」という領域において、記号創発問題を取り上げることはどのような意味を持つでしょうか?
「人工知能と創造性」という領域においては、人工知能に絵を描かせてみたり、文章を書かせてみたりと、人間の創造的行為を人工知能にもやらせてみるという方向性が最も多いでしょう。こうした人間の創造的行為を、「世界をどのように認識してどのように(絵や文章で)表現するか」として捉えてみると、上記の記号接地問題の議論と繋がります。
私たちが思う表現行為があくまで「人間にとって」創造的な行為であるとすれば、「人工知能にとって」創造的な行為とはいったいどのような表現行為なのでしょうか?このような問題を考えてみることで、私たちの創造性について今一度見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。
人工知能学会論文誌(2016年1月)
人工知能分野にはフレーム問題であるとか,記号接地問題であるとか,基本問題として置かれる問題がいくつかある.記号接地問題は知的な人工システムの内部にもたせた記号表現の意味をシステム自身に理解させるためには,記号表現を実世界の事象と対応づけなければならないという問題であり,Harnad による論文で導入された [Harnad 90].
Harnad の提案から四半世紀が過ぎた.いまだに記号接地問題は基本問題の一つとして初等的な人工知能の教科書にも掲載され,ロボット業界でもまことしやかにその解決の困難性が語られる [谷口 14a].しかし,一体,記号接地問題の何が問題なのだろうか.
近年,各種センサの低廉化や計算機の性能の向上を背景にしつつ,実世界の事象を計算機内部のラベルへ対 応させるパターン認識は長足の進化を得ている.昨今のディープラーニング(深層学習)ブームは象徴的であり,一般物体認識の精度において人間をも凌駕する,大変良好な結果を得ている.しかし,だからといって記号接地問題が解かれる,もしくは,解かれたというようにはなっていないように思う.
記号接地問題が未解決問題として留め置かれ続ける. そこには「記号」という言葉のもつ,特有の哲学的なフレバーがある.賢明な工学者はそのような問題には直接関与しようとせずに,回避しつつ適宜,工学的問題を設 定しては前進する.それはそれで健全な話だ.しかし,記号をあやつる知能は人間の知能と他の動物を分ける重要な要素であり,人工知能や認知科学の文脈からいえば, 適切な解答を与える必要があり,回避ばかりもしていら れない問題でもある.
記号接地問題へのさまざまなアプローチの結果,それが解かれていない(だろう)根本的な理由としては,記号接地問題そのものがもつ不良設定性とでもいうべき問題がある.それは,人工知能研究の文脈の中で用いられてきた「記号」という言葉のもつ多義性であり,それが記号接地問題に根本的な問題設定の曖昧さを生んでいる.Steels などは半ば扇動的にこの問題を指摘している [Steels 08].
本論考の目的は,人工知能分野における「記号」にまつわる諸問題の本質的解決を目指して,人工知能やロボティクスにとどまらず,人文学を含んだ「記号」にまつわる議論を総合し,記号接地問題の本質的解決に向けた基礎的な議論を整理することにある.そこには本特集のタイトルにも含まれる知覚的シンボルシステム(Perceptual symbol systems)も含まれる. 結論からいえば,記号接地問題は解くべき問題ではなく,記号創発問題こそ解くべき問題となる.認知科学と人工知能を再び架橋し,人間理解を前進させるうえで不可欠な研究領域として記号創発ロボティクスを提示する.